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佐久間慶介、35歳。都内のIT企業に勤める、どこにでもいる会社員。
毎朝スマホのアラームで目を覚まし、
ニュースアプリをチェックしながらトーストを口に運び、電車の中では動画やSNSで時間を潰す。

そして夜もまた、眠る寸前まで画面を見つめていた。
慶介「別に、不自由はないんだけどな・・・」
SNSの普及により、人と対面で話す機会が減った。
時間はあっという間に過ぎていくのに、何も心に残らない。
気づけば、”何も感じない”日々を生きていた。

慶介はスマホをじっと見つめた。
思えば、スマホが生活のすべてになっていた。喜びも、悲しみも、刺激も、情報も、
全てがこの小さな機械の中に収まっている。
慶介「便利が当たり前になりすぎて、日々の”ありがたみ”を感じられないな。」
そう思った慶介は、スマホを机に置いたまま家を出た。

電車に乗れば、まわりの人たちはスマホを見つめている。
スマホがない慶介は、窓の外を見つめるしかなかった。
最初は退屈だった。しかし、ふと気づいた。
慶介「空って、こんなに広くて青かったっけな」

ある日、図書館に行こうとしたときのことだった。
慶介「あれ?どこだったっけ・・・」
いつもはスマホで地図を開けば一発だったが、今はそれができない。
頭の中にぼんやり浮かぶ風景だけを頼りに歩いてみたが、道に迷ってしまった。
立ち止まっていると、一人の女性(桜坂 歩美)が歩いていたので、思い切って声をかけてみた。

慶介「あの・・・すみません、図書館って、どちらか分かりますか?」
歩美は驚いたように慶介を見たあと、ふっと笑った。
歩美「私もこれから図書館に行くところなんです。一緒に行きましょうか?」
慶介「ぜひお願いします!」
二人は図書館へ向かう道の途中で、少しだけ話をした。
慶介「読書、よくされるんですか?」
歩美「はい!最近はSF小説をよく読んでます。慶介さんは?」
慶介「僕はミステリーが多いですね。物語に入り込む感じが好きで」
そんなやりとりをしているうちに、図書館に到着した。

歩美「では、私はこれで。」
歩美はそう言って、静かに館内へ入っていった。
それから二人は、毎週のように図書館で会い、本を読み、近くのカフェで話す時間を楽しんだ。
気づけばそばにいるのが当たり前になっていた。

――5年後――
静かな結婚式場。白い花とやさしい音楽に包まれた空間。
慶介は、歩美に、ある想いを伝えた。
「歩美と出会えたのは、あの時”便利”を捨てたからだった。
ありがたみを忘れたことに気付かなかったら、歩美には出会えなかった。
これからも、何気ない毎日を、大切に生きていこう。よろしく」
歩美は、少し涙ぐみながら、にっこりと笑った。
「私こそ、よろしくね!」
二人は手を取り合い、拍手の中、歩き出した。
便利さを手放した先に、本当に大切な「人とのつながり」と「感謝」が待っていた。