【短編小説】「今日が最後の人生」

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子供の頃に考えていた未来と、今の自分は違う。
私は今、そう感じた。

いや、そもそも子供の頃に未来なんて考えてなかった。

その瞬間に夢中だったし。

“梅雲 舞” 29歳。

私はずっと悩んでいた。

なぜ、明日のために働かなければいけないのか。
なぜ、老後のために貯金しなければいけないのか。
なぜ、頑張り続けることが美徳とされるのか。

毎朝、満員電車に揺られ、PCに向かって、ctrl+c、ctrl+v。

「将来のために」「いつか楽になるために」

そんな言葉に励まされつつ、心は擦り減っていた。

“明日が在る保証なんて、どこにもないのに。”

どこかで聞いた「人生は旅だ」という言葉を思い出した。

でも私の旅は、目的地ばかりを見ていて、途中の風景を楽しんでいない。

もしかしたら、それは”生きている”のではなく、”生きさせられている”だけなのかもしれない。

そんなことを毎日考えていた結果、ある日 糸が切れた。

「もう、めんどくさい」

私は、働くことをやめた。

上司に退職届を出した時、不思議と心は軽かった。

そして、翌朝。いつも人に揺られている時間に私はベッドの中にいた。

「会社に行かない」——ただ1つの行動だけで、私の心は楽になった。

窓から差し込む朝の光が、祝福のように感じた。

誰にも急かされず、誰にも評価されず、自分の意志だけで動ける1日。久しぶり。

「食べたいもの、全部食べよう」

私は、ずっと我慢してきた。
健康のため、体型のため、節約のため。

だけど今は違う。”今日が人生最後”なら、遠慮する理由なんてない。

朝、私は甘いクロワッサンとバターたっぷりのメロンパンを平らげた。
昼、レストランで黒毛和牛のステーキ。
夜、油をたっぷり使ったラーメン。

舌が躍る。心が弾む。五感が満たされていく。

「私は生きてる・・・!!」

この感覚を私は長い間探し求めていた。

ブレーキをかけていた自分から、欲望のままに動く自分。
人生の主導権を取り戻した気分だった。

次第に、快楽の追求は広がっていく。

映画館で一日中映画を観た。
好きだったブランドの服を、何着も衝動買い。
高級ホテルに泊まり、シャンパンを飲みながら、夜空を見上げた。

“誰のためでもなく、自分のために生きる”

そう思えば、財布の紐も心のリミッターもどんどん緩んだ。

だが、この気持ちはそこまで長く続かなかった。

「・・・明日、何しよう」

今日だけを見るはずが、明日のことを考えていた。

快楽は確かに心を満たすけど、それは深さではなく、表面を撫でるような感覚。
それが、人生の目的には出来なかった。

この心の揺れを誰かに話したくて、
私は高校時代に最も信頼していた人、”水上先生”の元へ行った。

変わらない古びた駅舎、澄んだ空気、田畑の匂い。
都会では忘れていた”豊かさ”が、そこにはあった。

水上先生「舞か。久しぶりだな」

先生は相変わらず優しい目で迎えてくれた。

私は言葉を選ばず、全てを吐き出した。
仕事を辞めたこと、未来を見なくなったこと、快楽に逃げたこと。
そして、心が空っぽになったこと。

先生は黙って、私の話を最後まで聞いてくれた。

そして、ゆっくりとした口調でこう言った。

水上先生「それは、生きてる証拠だよ」

私は驚いて、水上先生の瞳を深く観察した。

水上先生
「人はな。本当に死んだように生きている時は、悩むことすらしない。ただ流されてるだけ。
 舞は、しっかり”疑問”を抱いた。それは誇っていいことだよ」

庭の縁側に座った先生は、指先でそっと地面を指した。

水上先生
「見てごらん。この土の下には無数の種が眠ってる。花も、野菜も、すぐには芽を出さない。
 でも、それでも、人は種をまくんだ。咲くかどうかも分からないのに」

「明日がないかもしれない。だから今日だけを生きる。それは一理ある。
 だが、“今日が最後だと思って生きる事”と、“明日はないと決めつけて生きる事”は違う。」

「”今日が最後だと思って生きる”からこそ、誰かのために種をまいてあげなさい。
 その種が百年後に咲く花だとしても、必ず誰かの希望になる。」

その瞬間、胸の奥がじんわりと温かくなった。

思えば私は、自分のことばかり考えていた。
自分が楽しいか、自分が苦しいか、自分が報われるか。
“誰かのために”という視点を忘れていた。

私は先生の家の庭で、小さなスコップを借り、種をひとつまいた。

この行動が、何になるかはわからない。
だけど、確かに私は、はじめて未来に手を伸ばした。

翌日、何かが変わった。
目に見える変化ではない。心の奥に何かが灯ったものがあった。

今日が最後の人生なら、誰に会いたいか、どんな言葉を遺したいか。どんな時間を過ごしたいか。

そう問い続けることで、私は”今”に真剣になった。

私は、この地球に”希望が詰まった空間”を設計したいと考えた。

設計の知識は図書館や実際に現場のプロに聞きまわった。

“明日のために、今日頑張る”

そんなシンプルな気持ちから、毎日ペンを走らせ、設計図に想いを重ねた。

私は、これまでの経験も、今の私を形作る貴重な時間だったと振り返り、楽しんだ。

――171年後――

時は流れ、梅雲舞が“最後の種をまいた日”から、ちょうど100年。

世界は進化し、街の姿も人々の暮らしも大きく変わった。
けれど、人々の心に深く根付いた”ある空間”だけは、変わらず光を灯し続けていた。

「MAI LAST」――最後の種まき――

舞が生涯最後に設計した、強大な複合施設。

この建物には、特別なコンセプトがあった。

“生きる”ということを、体験を通して再発見し、”誰かの明日へと種をまく場所”

この建物には、舞の人生で出会ってきたあらゆる”種まきの形”が収められていた。
    

・静かな書斎
 
 文章を描くための空間が広がり、誰でも自由にペンを握り、自分の物語を綴ることが出来る。

・香り豊かな厨房
 
 子供も大人も一緒になって料理を作り、その一皿が誰かの笑顔になる。

・ガラス張りの温室
 
 世界中から集められた植物の種を植えることができ、育てる過程を通じて、
 自然と対話する時間が提供される。

・広大なホール

 演劇、音楽、ダンスなど、多様な創造が生み出せる空間


そして、この複合施設の中央には、舞によって描かれた最後の言葉が刻まれていた。

「人生の終りにまいた種は、誰かの始まりになる。」

訪れた人々は、この建物の中で静かに気づく。
“未来をつくる”とは、特別な才能ではなく、
日常の中で行動し、心を込めることの積み重ねであると。

舞の最期の作品「MAI LAST」は、いまや希望の象徴として、
あらゆる世代が集い、夢を描き、人生をまっすぐに歩き出す場所となった。

        
END

         

※この作品はフィクションです。
登場する人物・団体・出来事はすべて架空であり、実在のものとは関係ありません。
一部の文章や画像に生成AIを使用しています。