【短編小説】自己啓発本を読みすぎた先に

短編小説

      

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佐々木翔太、30歳。

これまで特に深く努力したことも、大きな失敗もなかった。
誰にも嫌われず、誰にも深く好かれない。そんな人生だった。

翔太
「別に不幸じゃない。ただ、何か物足りない」

そんな漠然とした思いを抱えながら、彼は会社帰りに本屋へ立ち寄った。

すると、一冊の自己啓発本が目に入った。

「考えるな、まず動け!!!」

まるで自分に向かって叫ばれているようだった。

──そうだ、行動してないからダメなんだ。
──俺はきっと、動き出せば何かが変わるんだ。

翔太の心に火がついた。

翔太
「よし・・・まずは資格の勉強だ!」

何の資格か、具体的に何をしたいのかは曖昧だった。
でも“行動すること”が正義だという言葉を信じ、テキストと問題集を買い揃えた。

勉強し始めは充実していた。

翔太
「俺、ついに変わろうとしている」

そんな高揚感があった。

ただ、3日、5日と過ぎていくうちに、ふと疑問が頭をよぎる。

翔太
「この資格、本当に役立つのかな・・・」
「転職に使えるって聞いたけど、これが本当に俺のやりたいことなのかな」
「そもそも合格出来る保証なんてないじゃん」

不安と疑いが積もり、気づけば勉強道具は部屋の隅に追いやられていた。
失望と自責の念が静かに彼を包み込んだ。

けれど、それでも翔太は、変わりたいという気持ちを捨てきれなかった。

翌日、もう一度、本屋で自己啓発本を探した。
すると、またもや翔太の心を動かす言葉が書かれていた。

「迷うな。覚悟を決めろ」

その文字は、まるで自分の弱さを見透かしているようだった。

──俺は、どこかで逃げてたのかもしれない。
──中途半端だから、何も続かないんだ。

そう思った翔太は、ある決断をした。

翔太
「俺、本気で変わるから。しばらく誰とも会わない」

そう言って、友人の連絡先を消して、SNSもやめた。
スマホの通知も切り、ノイズを最小限にした。

すべては、“変わること”に集中するためだった。

だが――翔太に残ったのは、寂しさだった。

翔太は、覚悟を決める事を目的にしていて、具体的に何をするのか定めていなかった。

覚悟は、本来“目的のための手段”であるはずなのに、翔太にとっては、ゴールになっていた。

それは、何の地図も持たずに「出発するぞ」と言っているようなものだった。

もちろん、それで何かが見つかることもある。だが、翔太は見つからなかった。

翌日、さらに本屋行くと、棚に並んでいた2冊の本が目に入った。

一つは、力強い文字でこう書かれていた。

「若いうちに必死に努力して、成功をつかめ!」

横の本には、穏やかな文字でこう書かれていた。

「若いうちだからこそ、焦らず、少しずつコツコツ」

翔太は、しばらくその2冊を見つめ、ようやく気付いた。

自己啓発本は、”その人”にとっての最適解に過ぎない。

著者が、どんな経験をし、どんな選択して、何に傷ついて、何を信じてきたか。

それは、自分の人生とは全く違う背景の中で生まれた答えだ。

その答えを自分に当てはめようとしても、確実な成功なんて、約束されていない。

翔太は、自己啓発本を読んで、工夫もせずにその通り進めれば成功するものと考えていた。

そして、気づいた。

翔太

「他人の例は参考であり、自分の人生は、自分が決めるんだ」

ここで、初めて翔太が覚悟した。

その日の夜、部屋の片づけをしていた際に、本棚の奥の箱から、小さな冊子が出てきた。

―小学校の卒業文集―

懐かしさに惹かれ、ページを進めていくと、当時の自分が書いた将来の夢が目に飛び込んできた。

「パン屋を開き、みんなを笑顔にする」

これを見た瞬間、全てを思い出した。

小学6年のクラス替えの際、思うように馴染めず、不安を感じてた下校中。

焼き立ての匂いに惹かれ、立ち寄ったパン屋。

その時の店主の優しい眼差しが、どれだけ子供の自分にとって元気をくれたか。

翔太は、色々な本を読んで、たくさん悩んで、遠回りして、空回りした。

ただ、最終的に行き着いた終着点は、ずっと前に設定していた場所だった。

翔太
「さあ、行くぞ。」

その日から、翔太の毎日は変わった。

パン作りの基礎を学び、ベーカリースクールに通い、早朝から生地を仕込み、
一つ一つの工程を丁寧に覚えていった。

もちろん、不安もあった。

「本当に上手くいくのかな・・・」
「人が来なかったらどうしよう」

ただ、今までと違ったのは、
その不安さえも”自分で選んだ道だから”という覚悟で押し切れたことだった。

2年後、翔太は地元の小さな商店街でパン屋をオープン。

朝6時、シャッターを開けると、焼き立てのパンの香りが広がる。

子どもが匂いに惹かれてパンを選ぶ光景を見て、当時の翔太と重なるものを感じた。

翔太
「そうか。こうやって次の世代に繋ぐのか。」

開店から数か月、気づけば口コミで客先は増え、地元に愛される店になっていった。

焼き立てのメロンパン、笑顔、温かい会話。
全部、翔太が作ったものだった。

――これを続けていけばいいんだ。

もう”誰かの答え”はいらない。
ここには、自分が選んだ道と、自分が築いた幸せがある。

翔太
「よし、次の焼き上がり、いくか。」

END

※この作品はフィクションです。
登場する人物・団体・出来事はすべて架空であり、実在のものとは関係ありません。
一部の文章や画像に生成AIを使用しています。