START

梅雨明け間近の蒸し暑い夜、
久美はベッドの上でスマホを握りしめたまま、何度かのため息をついた。
SNSを開けば、資格取得、海外旅行、副業、――誰もが何かに向かって走っているように見えた。
(私も・・・何かやらなきゃ)
でも、何をすればいいのかわからない。資格の勉強?英語?と検索する手がふと止まった。

久美
「暑い・・・」
例年、少しずつだけど暑さが増してる気がする。家にいる時はエアコンつけないと耐えられない。
思い返せば、小学校の頃は、この時期に外で遊んでいた。
夕方になると風が吹いて、日が沈むと過ごしやすく、扇風機だけで眠れた。

なんとなく、一番の原因だと感じた「地球温暖化」についてネットや図書館で調べた。
出てきたのは思ったよりも深刻な情報ばかりだった。
(このままだと、未来の子ども達が遊べなくなる)
その不安が、次第に一つの想いに変わっていった。

久美
「地球温暖化を止めたい」
知識を積み重ね、日常の選択を変えていくこと――それが、自分にできる一歩だと思った。

そんなある日、友達からメッセージが届いた。
友達
「久しぶりにランチ行かない?最近できたカフェ、すっごくおしゃれでさ!」
親友の美咲だった。最近は勉強に夢中で連絡を取っていなかった。
たまには息抜きのためにも良いかと思い、久美はランチに行った。

おしゃれな雰囲気を楽しみながら、近況を語り合ううちに、美咲がふと尋ねてきた。
美咲
「そういえばさ、最近何してるの?」
久美は少し迷いながらも、隠す必要はないと思い、答えた。
久美
「地球温暖化について勉強してるの。最近の暑さっておかしいなって思って。
未来を明るくするために、今、自分にできることを知りたくて」
美咲は目を丸くしてから、笑いながら言った。

美咲
「え、そんな壮大なこと考えてるんだね。
いや、すごいけどさ、私たち一人が出来ることってたかが知れてるし、20代の今は遊ぼうよ!
若い時しかいっぱい遊べないんだから!」
その言葉に、久美の中で何かがスッと冷えた。
美咲の言葉は、責めるような響きはなく、笑い混じりの一言だった。
それがかえって、久美の胸をじわじわと締めつけた。
(そうか・・・美咲は悪気なく、アドバイスとして言ってくれてるんだ)
その真意がわかるからこそ、余計に苦しかった。

美咲は、久美の中でようやく芽生えたやる気を、何気ない一言でふっと吹き消してしまった。
ただ、美咲はそのことに気付いていない。自分が冷ましているなんて、思ってもいない。
(やっぱり、友達と価値観が完全に一致するなんてことは、ないんだ)
久美はふと、そう思った。
それぞれが違う家庭で育ち、違う経験をして、違う未来を見ている。
分かり合っていると思っていた美咲でさえ、自分の中にある「大切なもの」は別。
確かに、人生は無常。肌のハリも、体力、時間も過ぎ去っていく。
今のうちに遊ばなきゃという気持ちもわからなくはない。

ただ、久美は、自分と美咲の向き合ってる感情が、全く別の種類だったことに気付いた。
美咲は、
「楽しまないと出遅れる」「みんなと同じように青春しないと寂しい」という、外に向かう焦り。
久美は、
「このまま何もしなかったら、未来が守れないかも」という、内に向かう危機感だった。
遊ぶことを否定しているわけじゃない。楽しいことは大好きだし、友達と過ごす時間も大切だ。
ただ、今は、私なりの行動をしたい。
たとえ一人でも、この道を選ぶ。久美は静かで、確かな決意をした。

久美はそれから、家にこもって地球温暖化についての学びをつづけた。
外出を控え、ニュースや専門サイトを毎日チェックし、本を読み、ノートを埋めていく。
――自分が日常で出すCO₂、エネルギーの消費、食品ロス――
知れば知るほど、人間1人の生活の中から変えられることがあると気づいていった。

久美はその想いを、家族にも共有しようとした。
久美
「ねえ、最近本当に気温やばいよね。これ、地球温暖化が原因かも。
気候変動、もう始まってるかもしれなくて、私ちょっとずつ勉強してるんだ」
母
「まぁねぇ・・・でも、私たちがどうこうできる話じゃないでしょ?」
父
「そういうのは専門家が考えることだ」
久美は口をつぐんだ。
(家族ですら、価値観は違うんだ)
どこか切ない気づきだった。
友達以上に関係が深い家族ですら、自分と同じ視点で物事を見ていなかった。
(やっぱり、自分を救えるのは自分だけ)

そう思った久美は、子供の頃に作った秘密基地へと足を運んだ。
森の奥、草に隠れた小さな空間。大人になって存在すら忘れかけていたが、
そこは今も変わらず、静かに久美を迎えてくれた。

久美は、秘密基地を「自分を構築する場所」と決めた。
ノートパソコンと資料、古びた図鑑、そして無数のノートを持ち込み、
孤独に地球温暖化の勉強を続けた。
理解できない数式や専門用語に悩みながらも、彼女は毎日通い、学び、考えた。

あっという間に5年が経った。そして、久美は決意をする。
久美
「私の中で積み重ねたこの知識を、今度は”つなぐ”ことに使いたい」
久美は、国内外の研究者や専門家にコンタクトを取り始めた。
最初はメールすら無視されたが、彼女の資料の正確さと熱意により、耳を貸す人が増えた。

久美は、一つの部屋を用意し、そこには地球温暖化についての有識者が集まった。
久美
「私は研究者でも専門家でもありません。ただ、気づいた一人の市民です。
今日ここに集まってくださった皆さんと、一つの未来を描きたいのです。
”子供たちが外で気軽に遊べる世界”」
久美の言葉は、孤独だった5年間の重みを背負っていた。
その日を境に、久美の行動力がだんだんと報われる。

新聞に掲載され、SNSで拡散され、
彼女の「一人の力でも変えていける」という智慧が少しずつ人々に届いていった。

久美は久しぶりに秘密基地へ向かう途中、空を見上げた。
久美
「自分を構築する時間は終わり。次は、誰かと未来を築く時間。」
彼女はその先の道を静かに歩きだした。
END