【短編小説】音楽を最後まで聴く私

music 短編小説

     

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昨今、ショート動画のブームが止まらない。
スワイプひとつで次々と映像が流れ、数秒で笑いや驚き、感動を届けてくれる。
そんな手軽さが支持され、世の中のエンタメはどんどん”短く”なっていった。

その流れは音楽の世界にも波及した。

サビやクライマックスだけを切り取った「ショート音楽」が流行り始めたのだ。
一番盛り上がる部分だけを、すぐに、繰り返し聴ける・・・

それはある意味、夢のような体験。
本作の主人公、音速 万由(おんそく まゆ)もその魅力にハマっていた。

最初はとにかく楽しかった。
「ここだ!」という所に瞬時にアクセスして、心を満たす。

さらに、今ではサブスクの音楽サービスや、無料で音楽が聴ける手段が多くあり、
便利に最上の曲を聴ける環境だった。

だが、その便利さと引き換えに、何か言語化しづらいものが失われていた。

こうした時代の流れで、コンサートや音楽の発表会に足を運ぶ人も、年々減っていた。

「スマホで聴けば、それで充分じゃない?」
「わざわざ会場に行く意味なんて、もうないかも」

そう感じる人が増えていき、万由もその一人に入っていた。

そんなある日、万由のもとに一通のメッセージが届いた。
送り主は、学生時代からの親友・歩美だった。

歩美
「今度、うちの楽団の発表会があるんだ。良かったら観に来てくれない?」

歩美は昔から音楽に真剣だった。
吹奏楽部の中でもひときわ努力家で、現在も楽団に所属して活動を続けている。
まさに、万由とは対照的なタイプだった。

万由は、本音を言えば、興味がなかった。
長時間じっと座って音楽を聴き続けるという行為に、魅力を感じられなくなっていた。

メッセージが届いたスマホで音楽が聴けるじゃないかと思ったが、親友の歩美のお願いだし、
聞き入ることにした。
万由
「行くよ。楽しみにしてるね」

発表会当日。万由は会場の中に入り、指定された席に腰を下ろした。
時計をちらりと見る。開演までは、まだ10分。
万由
「まだ?長いな・・・」

周囲の人々は静かに、発表会のプログラムを読んだり、じっと待っていたりする。
そんな中で、万由だけが落ち着かない気持ちに揺れていた。

ふと、スマートフォンに手を伸ばしかける。
万由
「動画やSNSを見て時間をつぶしたい・・・」

ただ、ここは静かなホール。
音も光も主役は楽団。何より、今日は歩美の晴れ舞台だ。
マナーとしても、友情としても、ここで待つことが大切。

秒単位で刺激をくれるショート動画に慣れた万由は、この10分本当につらかった。

待ちに待った開演のブザーがホールへ響き渡り、照明がすっと落ちる。
楽団のメンバーが静かに立ち上がり、スポットライトが当たる。
そして、最初の一音が、ふわりと空気に入ってきた。

やわらかな弦の響き。
重なるように入ってくるクラリネットの旋律。
しかし、万由の心には中々届いてこなかった。
万由
「なんかのんびりしてるな・・・もっとテンポある曲が聴きたいのに」

耳は音を捉えているはずなのに、心はどこか別の場所にあった。
サビだけを聴くことに慣れていた身体が、”受け止める”ことを忘れてしまっていた。
けれど、演奏が始まって10分。ふと、万由の心にある風景が浮かんだ。

――中学時代の音楽の授業――

古びたレコードプレイヤーの上に、黒い円盤が回っていた。
先生が針を落とし、レコードから静かに音楽が流れ出す。

バラードだった。
言葉を一つ一つ、語りかけるように歌うその声が、教室を包み込んだ。
曲が終わりを迎え、最後にほんの数秒だけ、静かなピアノのメロディーが続いていた。

万由
「作者の想い、経験、そんな風景が頭に流れます!」

曲が完全に終わってない段階で、万由は感想を言った。
すると、先生は、厳しい表情で伝えた。

先生
「まだ終わっていない。
 音楽は最後の一音が消えるまで、聴きなさい。
 作者の想いは、そこまで続いているんです」

この言葉で、教室の空気がガラリと変わった。
万由は、「そんなに怒らなくても・・・」と、内心思っていた。

――でも、今は違う。

ホールに響く音楽が、緩やかに展開していくのを感じながら、万由は涙を流した。
最初の一音から、最後の余韻まで、全てが”物語”だった。
楽団の演奏、呼吸の取り方、照明の切り替え、指揮者の小さな手の動き、全てがそこにあった。

万由
「あの時先生が言ってくれたのは、こういうことだったんだ」

音楽は、終わることでようやく完成する。
それを見届けることで、初めて聴いたことになる。

どこか一部だけを切り取っても、その全ては見えない。
まるで、物語のクライマックスだけを知って「いい話だった」と言うようなもの。
本当の魅力は、最初から最後まで、丁寧に追いかけてこそ、心に残るのだと、万由は気づいた。

発表会の帰り道。
万由はスマホを取り出し、いつものようにショート音楽を聴こうとしたが、指を止めた。

万由
「ああ、もういいかな」

万由は、アルバムを買って音楽を聴くようになった。
時間をかけて、1曲ずつ、丁寧に、最初から最後まで耳を傾ける。

作者の想いを受け取るために。
   

END

※この作品はフィクションです。
登場する人物・団体・出来事はすべて架空であり、実在のものとは関係ありません。
一部の文章や画像に生成AIを使用しています。